みち草

2004年からはてなぶろぐを書いています。このぶろぐでは日常の身辺雑記中心に書きます。

下北沢と須賀敦子

 久しぶりに本屋を覗いたら、文藝別冊『追悼特集須賀敦子 霧のむこうに』が目に入った。
 私は本は図書館で借りることにしているのだが、逃してなるものかと本をしっかり抱えてレジに持って行く。須賀敦子の本は手元に置いておいて、いずれ読み返したいと思う種類の本なのだ。何で、須賀さんはあんなに急いで逝ってしまわれたのか、と納得いかない気持ちが胸のどこかにある。
 この中に陣内秀信との対談「歴史的都心を豊かに育むイタリア」があった。
 街がつるんとなってきた、のところで、須賀さんが「一時、下北沢がわっさわっさしていた時期があったでしょう。ああいう感じがなくなったわね。今行っても、なんかつるんとしているでしょう。70年代の下北沢は生きていた。それが今行ってみるとほんとうにつまらない。同じラーメン屋でも、もう精神的に落ちぶれたわね。」と、いっている。
 いいとこのお嬢さんで(しかも聖心女子大卒だ)、格調高い文章を書かれた須賀さんが、下北沢に行ってたなんて、それもラーメン屋へね、とチョット意外な感じがした。しかし、この追悼特集を読むと、須賀さんは教会の難民を助ける社会活動にも参加していたのだ。廃品回収の若いボランティア仲間たちとラーメンを食べに行ってたのだろうか。
 私はその頃の下北沢のまちを知らない。79年か80年に仕事場から下北沢の銀行に何度か行ったが、駅の食品市場に独特の活気があり、驚いたことがある。その頃買出しに行ってたおばさんたちから、今の下北沢は若者のまちになってしまってつまらないといわれたことがある。
 たしかに、駅前通りはゲームセンターとか騒々しい店が増えた。しかし、一歩横道や路地に入ると、芝居や映画の小屋があったり、おもしろい場所があるのだけど。須賀さんに「ざわざわ下北沢」という映画を見せたかった。