みち草

2004年からはてなぶろぐを書いています。このぶろぐでは日常の身辺雑記中心に書きます。

臨時職員終了

kawanomiti2006-05-27

昨日職場の同僚からもらった花束。
終業のベルとともに臨時職員仲間から花束を渡された時は面食らった。電車の中で、大きなリボンが気恥ずかしかった。
ビンに生けたら思ったよりもすてきではないか。たった10ヶ月間の職場だったが、今までのことやみんなとのお別れ会のことを振り返り、少し胸がじんとなった。

方向音痴でハンディの多い私はみんなに助けてもらった。いろいろな介護現場を訪問できて次の仕事への勉強になった。朝、5時半に起きて7時10分には家を出る通勤は大変だった。前日の午後あたりから緊張モードになる。本業に復帰するまでのつなぎの仕事のつもりだったので、退職してほっとしたのが正直なところ。
雇用条件は半年ごとの更新で、出勤は月14日を超えてはならない。1年経過すると2ヶ月無給で休まなくてはならない。
これは社会保険などの支払い義務を免れるための自治体の節約策だ。ここにはエンドレスで過酷な業務に疲れ果てた元ケアマネや元病院ソーシャルワーカーが流れ着いていた。建築業界でリストラされて介護業界に転職した男性もいる。
このような雇用条件を承知しながら、それぞれの事情で偶然同僚となった仲間たちなのである。職場の端にある臨時職員の一角は、お昼休みに笑いが絶えなかった。みんなそれぞれに仕事の面ばかりでなく、旅行、料理、子育て、社会活動面でもキャリアがあり、情報交換も有意義だった。
私は時間、エネルギー、金銭面で浪費したくないとばかり、交友関係は限定し、広げないのを旨としてきた。しかし、あまりにおもしろいメンバーが集まったので、退職後も遠足や食事会など縁が続きそうな気配だ。

何週間か前の新聞に、正規職員の方が非正規職員よりストレスが多い、というデーターが掲載されていたが、さもありなん。前の職場でもウツやストレスで休職、退職するのは正職員が圧倒的に多かった。
日本ではストレスと過労死予備軍の常勤職員か、または使い捨ての非正規職員か、という選択しかできないのだろうか。
景気は最高潮らしいが、働く人間を過労死させたり、使い捨てして成長する経済というのは、国としても社会を構成する国民の品位としても低くはないかい。正規、非正規職員をごちゃごちゃにして、仕事量を選択でき、復活、相互乗り入れできる仕組みを作ることは不可能ではないと思う。

娘から遅れてもらったカーネーションの花束もあり、我が家は今、花がいっぱいだ。