みち草

2004年からはてなぶろぐを書いています。このぶろぐでは日常の身辺雑記中心に書きます。

 元旦そうそう

 元旦は例年通り田舎で両親や弟家族と過ごした。東日本大震災原発事故もまだ、明るい展望は見えない。それどころか地球は地震の活動期に入ったそうで、首都圏直下地震や東海・東南海連動地震の到来も視野に入れなくてはならない。私は脳動脈瘤があるし、体調不良が続いていた弟が年末近くに病気で倒れるという事態もあったが無事退院できて、ともかくみんな無事でお正月に顔を合わせるころができた。弟が医師からお酒を禁じられているため、お酒なしの元旦の祝宴だった。昨年の大震災を経て、陽気に笑いあっていても、深いところで繋がっている肉親・身内の縁を感じたひとときだった。
 帰宅の準備に入ったところ、震度4の地震が起きた。あ、大きい、といいながらヨメさんたちとテーブルの下にもぐる。
 来年のお正月もこうしてみんなと顔を合わせることができればいいが。

今年の抱負
 我が家の歴史、郷土史と学校教育史を並行してたどり、記録することを昨年から始めているが、今年は完成させたい。
江戸時代中期から近現代にいたる資料や本を読む中で、驚きの事実に出会う。
 

  我が国の場合はこれだけの大戦争を起こしながら、我こそ戦争を起こしたという意識がこれまでのところどこにも見当たらない、何となく何ものかに  押されつつ、ずるずると国を挙げて戦争の渦中に突入したというこの恐るべき事態は何を意味するのか。
  昭和21年、雑誌『世界』5月号 丸山眞男超国家主義の論理と心理」より

 戦争を原子力発電と置き換えられるではないか。

 
 東北地方の大凶作は、「軍部でも何でもいいから国内を改革してほしい」という空気を強めた。軍部、右翼は公然たる政治活動、満州に「王土楽土をつくる」構想に乗り出し、三月事件、十月事件を起こした。

 という昭和5年の世相は今の風潮に類似していて怖いほどだ。
 どうして日本は変われないのか。不思議でならない。